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04.2014

『ロシアの森の3次元童話』 ドレスの襞から始まるワンダーランド

Posted by 日本美学研究所   1 comments コメント   0 trackback トラックバック
Katerina Plotnikova_メルヘン_森のくまさん

針葉樹が覆い繁る薄暗い森の中、一人の少女と、一匹のクマが出会った。
後ろ足で立ち上がり、踊りを求めるかのように右手を差し出す灰色のクマ。
それに応じる少女。
まさに童謡「森のくまさん」のシチュエーションだ。
手と手を取り合い、互いに見つめ合う。
森に迷い込んだのか、それとも夢の中なのか。
深い森に似つかわしくないシャンパンピンクのドレスが、幻想的イメージを紡ぎ出す。
これがイラストならば何の驚きもない。
しかし本作は写真だ。
人間など一薙ぎで殺傷する、凶暴な動物と直に接する少女。
あまりに近距離、あまりに無防備。
身に迫った危機的状況と、メルヘンチックな表層が、息をのむほど美しい世界を作り出している。
この驚くべきワンダーランドを捉えたのは、ロシアの写真家Katerina Plotnikova。
1987年生まれの気鋭のフォトグラファーである。
ここに登場する動物たちはみな生きた本物で、プロの動物トレーナーの助けを借りて撮影された。

KaterinaPlotnikova_お伽話_トナカイ

KaterinaPlotnikova_メルヘン_タランチュラ

KaterinaPlotnikova_北欧_ハリネズミ

彼女の作品の多くでは、自然の只中に女性モデルが置かれる。
ほとんどの場合、モデルは鬱蒼とした自然の中にいながら、室内空間から瞬間移動したかのように、汚れ一つない清楚なドレスを身にまとっている。
ここに時空の跳躍が読み取れる。
彼女たちの纏う衣服のズレが、我々の意識に違和を引き起こし、異世界へとスライドするのだ。
この傾斜に沿って「物語」が始まる。
もし彼女たちの服装が山ガールのような、自然に見合ったものだったらどうだろうか。
まったく意味が変わってくるに違いない。
それはどこまでいっても「現実」の延長線であり、決して異世界が開かれることはない。
ある文脈の中の一つの単語を書き換えると、文脈全体の内容が変わってしまうように、彼女たちが身にまとった衣服の記号のズレが、世界にエラーを引き起こしたのだ。
その世界では、動物と人間は手と手を取って語り合う。
彼女たちの纏うドレスの襞は、我々の知る現実世界に走った罅(ひび)である。
その裂け目から「幻想」は生じる。

KaterinaPlotnikova_メルヘン_不思議の国のアリス

KaterinaPlotnikova_美しい写真_魔法

katerina_plotnikova_6.jpg

次に衣服の下の身体について考えてみたい。
自然の中における人間の身体と言えば、アマゾンの奥に住む原住民などが思い起こされる。
原住民の身体は、自然の中で生まれ、自然の中で育ち、自然になじんだ、いわば自然と同化した身体である。
ひるがえってKaterina Plotnikovaの写真に登場する身体には、傷も汚れもない。
過酷で荒々しい自然にはそぐわない、華奢で弱々しい身体だ。
あまりに華奢な身体は、自然の中では真っ先に淘汰され、あまりに清潔な衣装は、自然にとって異物となる。
それでありながら、彼女たちは怯えることなく、安息の内にまどろんでいる。
ここにも世界のズレが生じている。(身体の危機的状況が美を誘発することは前回述べた)
童話の世界を三次元において成立させるために、最も難しいのはこの点に違いない。
童話やファンタジーに似つかわしいモデルは用意できたとしても、大型動物などの自然の権化と融和させることは困難だ。
本作ではデジタル合成を行わず、実際に人間と動物(自然)が触れ合うことで、作品の成立に不可欠な「リアリティ」を獲得した。
この「リアリティ」こそ、ファンタジーに見慣れた我々をして、作品の世界へと引き込むのだろう。

Katerina Plotnikova_北欧_フクロウ

katerina-plotnikova-10.jpg

KaterinaPlotnikova_ラクダ_美少女

それにしても、なぜ彼女の幻想に、こんなにも惹かれるのだろうか。
ただのリアルな童話というだけでは納得しきれない、何か幸福な感情に訴えてくるものがある。
登場するモデルたちも、ただのモデルという以上に、不思議な魅力が付与されているように思える。
これに似た感覚は、宮崎駿のナウシカに感じたことがある。
彼女は人間でありながら、人間と対立する腐海と深くかかわり、そこに生息する生き物を愛で、意志を交わす。
蒼き衣をまとい、失われし大地との絆を結ぶ。
また『もののけ姫』のサンのように、完全にあちら側(自然)の人物もいる。
アシタカがはじめてサンを目撃する場面が思い起こされる。
火縄銃で傷ついたモロとその一族が、雨で氾濫した山の川べりへやってくる。
息をのんでそれを見つめるアシタカ。
鉛の毒を吸い出すため、サンはモロの傷口の血を吸い取り、びゅっと吐き出す。
まずモロが人の気配に気づいて唸り、次いでサンがあたりを見回す。
姿を現して名を名乗るアシタカに向かって、たった一言「去れ」と言い残して山の奥深くに消えていくモロ一族。
彼女たちが、人間の日常世界から隔たった、自然の、神々の世界の住人であることが示される見事なシークエンスだ。
サンが吐き出した血は、我々の世界の「裂け目」から噴出した血である。
この時、アシタカはサンの野生の美しさに打たれた。
それがのちの「生きろ、そなたは美しい」という言葉につながってくる。
Katerinaの作品では、こうした汎神論的な世界との交流が、リアリティをともなって描かれているのだ。

KaterinaPlotnikova_ヘビ_蛇

グリム_童話_赤ずきん

KaterinaPlotnikova_写真_ゾウ

思いついたことを長々と書いてしまった。
こうして言葉を紡ぎたくなってしまうのは、作品に豊かな物語性が折りたたまれているからだろう。
夢は現実ではないから夢だったはずだが、その圧倒的なリアリティにより、現実世界は夢の舞台となった。
この3次元童話の中では、人間と自然は手と手を取り合い、語り合い、抱き合い、融和する。
だが、その「融和」は、自然と衣服の「違和」による裂け目から始まったのだった。
コインの表と裏は決して交わらないが、衣服の表裏は極めて曖昧であり、破れ目を通じてトポロジックに交差する。
それは彼女たちが纏うドレスの襞と同じように柔らかな世界だ。
ここで受ける感動は、センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)と呼ぶに値するだろう。
彼女のfacebookの情報欄には、たった一文だけ次のように記載されている。

「another tale about wonderland」

Katerina Plotnikova_写真_孔雀

ファンタジー_アート_ヘビ

KaterinaPlotnikova_ファンタジー_写真

Katerina_PlotnikovacKaterina_11.jpg

katerina-plotnikova-14.jpg

幻想_アート_写真

北欧_美女_西洋

katerina-plotnikova-12.jpg



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画像ソース
http://500px.com/katerina_plotnikova

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