20.2013
『文章デッサン』 描写力と審美眼の鍛え方

今回は文章を鍛錬する方法について書きたいと思います。
キャッチコピー、脚本、セールスレター、小説、トークスクリプト、作詞など、それぞれの用途に応じてノウハウがありますが、ここでお伝えするのは、あらゆる文章における基礎的な文章力を鍛える方法です。
基礎的な文章力とは、見たもの、想像したものを、そのままの形で写し取る力、すなわち「写実力・描写力」です。
現実の存在であれ、イメージの産物であれ、それを瑕瑾なく忠実にミメーシス(模倣的再現)できなければ、「不完全」なものとなり、「劣った」ものに堕してしまうでしょう。
ピアノが上達するためには、ピアノを弾き続けるしかないように、文章も技術である以上、上達に近道はありません。
以前の記事でも書きましたが、当研究所では、修辞学における「エクフラシス」を、絵画のデッサンに相当する文章鍛錬法と位置付けています。
エクフラシスを練習することで鍛えられる能力は、視覚情報を言語化することだけではありません。
論理性、正確性に加えて、洞察力、審美眼までも身につけることができます。
ロダンは「見ることは一生涯もかかる教育の果実」と述べましたが、ある絵画をエクフラシスした場合は、その絵の理解度までも向上していることに気がつくでしょう。
「理解する」とは「言語化できる」ということですので、美術作品を言語描写するエクフラシスは、美術を理解する上でも一つの優れた手法と言えるかもしれません。
文章鍛錬としてエクフラシスを行う際、もっとも適したジャンルは「絵画」です。
「絵画」であれば何でもいいわけではなく、できるだけルネサンスからロココまで、それ以降でも、アカデミック(古典主義的)な作品から選ぶことが、初期の段階では望ましいと思っています。
これらは構成・構図に一貫した意図があり、象徴・寓意など物語性も豊富に含まれ、気品に満ち、なおかつ色彩にも恵まれているため、文章力をフル活用することができます。
書き方のコツは、その絵を見たことがない人に、その絵がありありと想像できるように伝えることです。
ただ絵のモチーフを羅列するだけでは効果はありません。
描かれている内容の本質を見つけ出し、要点を把握し、絵を見ていない人にも伝わるよう論理的かつ簡潔に描写し、また文章そのものを絵に相応する美に近づけること。
これらを意識して書くことで、文章力を高めることができるのです。
スタンスは絵画のデッサンとほとんど変わりません。
よって、このエクフラシスによる文章の鍛錬方法を、今後は「文章デッサン」と呼びたいと思います。
「文章デッサン」を始めたばかりの頃は書くことが難しく感じるかもしれませんが、何度も繰り返しているうちに文章の精度が向上し、絵画を見る「眼」も養われていることに気がつくでしょう。
参考として、エクフラシスの初期の傑作であるホメロスの『イーリアス』に出てくる「アキレウスの楯」を載せるべきかとも思いましたが、いかんせん長文に過ぎるので、拙文ではありますが当方が学生の頃に書いた、ラファエロ・サンツィオ作『大公の聖母』の「文章デッサン」を以下に付しておきます。
古今東西の作家が書いたエクフラシスも多くあるので、今後の記事で紹介したいと思います。
それでは、また次回。

ラファエロ・サンツィオ作『大公の聖母』
キリストを抱きかかえる聖母の姿が、昏冥の闇を背景に、やわらかな光を受けて浮かび上がっている。
緋色の肌衣に藍鼠色のローブを羽織った聖母マリア。
その左腕にあずけられた幼きキリストの聖体は、わずかばかりの薄絹が胴に巻かれているばかりで、それ以外は何も身に着けておらず、右手は聖母の左肩に置かれ、左手はゆるやかに彼女の御胸(みむね)に添えられている。
キリストの玉顔は、聖母にひたと抱(いだ)かれる聖体とは逆に正面を向き、視線はやや下方に向けられ、すでに迷える子羊を導く者としての、優しく、それでいて力強い意志をその瞳に漲らせている。
しかし、何よりも目を奪われるのは、聖母マリアの、その慈悲に満ちたる顔(かんばせ)だった。
薄いヴェールが垂れるまろやかな額は蛾眉を越えて窪み、その伏した眶(まかぶら)の仄見える眼差しは、ただ静かに慈愛を湛え、どこまでも深く沈んでいる。
滑らかにつづく鼻梁の先、幽かに引き上げられた唇の端は、微笑にいたる寸前でまどろみ、ややしもぶくれた頬と顎の縁に薄い翳が刷かれて、たおやかな輪郭をなしている。
聖母の御(おん)右手は幼子の脇腹を、その胴に巻かれた薄絹よりもやわらかに覆(おおう)ていた。
神の恩寵の証(あかし)として、金糸の如く精緻な光輪がこの聖母子の頭上を彩り、とりわけ幼子の光輪の円の中にほどこされた十字の文様が、完全なる人、神の子のみに許された贖罪の誉れにきらめいている。
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